ポリネシアカルチャー

モアイ像

PCCにあるモアイ像

世界中からPCCを訪れる人々は、そこでハワイやニュージーランド、サモア、フィジー、トンガ、タヒチといった6つのポリネシアの文化を学ぶことができます。それぞれの村で歴史、文化、踊りや音楽に関する経験をすることができます。それは、素晴らしい経験となるでしょう。PCCにある様々な物の中で、一際目を引くものは、センター内のラグーンの小さい島にある、背が高く、奇妙な帽子をかぶった非常にミステリアスな五つの石像でしょう。 皆様、ご存じの通り、それらの像はモアイと呼ばれています。それらの像はラパヌイ島にあるモアイ像を忠実に複製したものです。ラパヌイ島は一般的にはヨーロッパでの呼び名であるイースター島として知られています。イースター島から来た彫刻師がPCCのために2003年にこれらの像を造ってくれました。

ポリネシアの3角形。ラパヌイ島は一番東に位置する。

ラパヌイのモアイ像

オリジナルのモアイ像のサイズは様々で、1メートル弱のものから約24メートルに至るものまであり、それらはすべてスコリアという岩からできています。モアイ像は、アフ(先祖の墓としてつかわれている祭壇)の上に立っています。不運なことに、スコリアは耐久性の良いものではありません。ですので、今日、現存するモアイ像をどのように保護していくかが課題となっています。イースター島に住む人々は合計約900体のモアイ像を建てました。ですが、その多くはアフの上に立つことはなく放置されてる状態です。また、一部は完成されてもいません。昔のイースター島の住人がなぜあのような像をつくり、重い物を運ぶ機械が無かった時代に、どのようにして、あのような重い石像を運んだかについては今も多くの仮説が飛びかっています。イースター島のある伝承によると、海を向いて立っているモアイ像は、先祖の墓の上まで歩いていったと記しています。エンジニアに詳しい人々はこの記述は正しいかもしれないと考えています。もちろん、像が自分で歩いて海までいくという事は無いでしょうが、島の住民が、ロープや丸太を用いたローラーをつかってモアイ像を海の方まで運んだと考えています。さらに、そこから、像が海側に向くように前方に旋回したとみています。こうすれば、だれかが像を持ち上げることなく、非常に重たい石像を運ぶことができます。

彼らの最高の栄誉は帽子ではなく髪

PCCを訪れてモアイ像を造ってくれた4人も含む、ほとんど多くの島民がモアイ像は先祖をあらわしていると信じています。彼らは像の中で一つとして同じモアイ像が作られてない点を挙げています。石工たちはモアイ像の頭の上にある赤い岩は帽子を表しているのではなく、ご先祖さまの髪型であると信じています。PCCのモアイ像には赤い岩が無いものがあります。石工たちがその事について尋ねられたとき、このリーダーは髪の毛がなかったと答えました。

モアイの目は彼らの魂を覗き見る窓である

PPCに来たイースター島からの石工たちは、彼らがどのようにしてモアイの目の材料となる白いサンゴと黒いスコリアを海に飛び込んで取ってきたかを教えてくれました。彼らが目をモアイ像に挿入した後、それらの像はもはや盲目ではありません。目を入れた瞬間、墓で眠る人々の魂が宿るのです。

ラパヌイ島に行くと、実はほとんどのモアイ像の目はありません。皆さんに馴染みのあるモアイ像は目がないモアイ像だと思います。一説には、内戦があった際に、村人同士がお互いのモアイ像の目をくりぬいた為、現存するモアイ像のほぼ全てに目が無いのだそうです。その為、モアイ像を復元する際には目をしっかりとつけて復元します。

PCCにあるモアイ像

彫刻の起源

石工達は、モアイ像は、歴代の島のリーダーを埋葬する場所の上に建っていると説明してくれました。「今日、モアイ像はその墓地に埋めてある、特定の人物を表していると解釈しています。ラパヌイの文化では、島を治める人物が亡くなった時、その家族が亡くなった人を表すモアイ像を造っていたと考えられます」。四人の石工たちはさらにこう言います、「これらのPCCで造ったアフは本物を部分的に模造したものではありますが、アフ・トゥー・コイフという名前を名付けました。トゥー・コイフというのは昔、モアイ像を造る風習を始めた人物の名前です」。

ラパヌイ村がPCCにない理由

PCCの目的の一つは、ポリネシアの特有な文化を保護し、皆さんに伝えることです。私たちはダンスやデモンストレーション、交流を通して、歴史的な情報だけでなく、ポリネシアにあるそれぞれの島の文化と美しさをPCCに訪れる人々に伝えることを誇りに思っています。目的達成の一部としてそれぞれの村で働く人々はその国々からやって来た人を雇うよう努めています。

RapaMap Univ of Tex austin

悲しいことに、かつて隆盛を極めたラパヌイの人々ほとんどは、彼らの伝統と歴史とともに失われてしまいました。考古学者や歴史家は、ラパヌイ人を滅亡へ導いた原因を見つけようと長年、研究してきました。この謎についてショッキングな答えは飢饉と病気、自然環境の悪化により、人々が死滅したことにありました。

ラパヌイ島は南アメリカから約4000キロ離れた所にあり、他のポリネシアの国々の交易路からも非常に離れたところにあります。これほど孤立した状態は、ラパヌイ島の住人達が自分達の資源だけで生きていかなければいけないということを意味します。過度な人口増加と建物を建てる資源と食物の枯渇、さらには内戦が彼らの人口を大きく減らしてしまいました。最後の決定的一打は1700年代の終わりごろヨーロッパ人がやってきた時に彼らがもたらした病気でした。その入植者たちはもってきた家畜とともにラパヌイ島に住みつき、かつて緑豊かだった島を、草原だけの島に変貌させてしまいました。1877までに、原住民の人口は111人までに減少してしまいました。また、その過程でかれらの歴史や伝統、踊り、民謡の大部分が失われました。かつて栄えた文化の悲しい結末です。

ポリネシア・カルチャー・センターはゲストや友人の皆様にラパヌイ島の文化を分かち合うことを誇りに思っています。PCCにお越しになった際に、是非ラパヌイ島の魅力的かつミステリアスな文化を学んでみてください。

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